【無惨】

  ドカーン、ドカーン。ニ波、三波と空襲は続きます。一弾、また一弾。その度に起こる物凄い轟音と火炎、息もつかせぬ爆風。工廠全体が炎と煙に包まれ工員は右に左へと逃げまどい、直撃弾で吹っ飛び、爆風でばたばたと倒れて行きました。この時、来襲したB29は一五七機。爆撃は第十波まで「これでもか」 「これでもか」というように約一時間続きました。その間、防空壕に逃げ込んだものの土が落ち煙が入りたまらず外に飛び出して爆風にやられる者、倒れた友を助けようと立ち止まったとたん爆弾の破片に直撃される者、ちょっとした行動の善が運命を変えました。長い長い一時間でした。

防空壕からすきを見て海岸に避難、無事だった高橋政清(まさあき)先生は、B29の姿が見えなくなると、直ぐ燃え盛る工場の中へ生徒を探しに行きました。その時の様子を、こう書いておられます。
 『直ちに銅工、造修工場に向かう。燃える銅工場には行けそうもない。道を右手にとって造修工場に向かい、東の入ロに立つ。食堂はすでに燃え落ち、北側は尚も燃えつづく。屋根は崩れ、鉄骨は飛び、実に惨憺。目も当てられぬ有様。
「オーイ!山中生は居らぬか」呼んでみる。答えはない。どうしたんだろう。又呼ぶ。
「先生」足元から声がする。伊藤が、頭から、手から、タラタラ血を流しながら這い出して来た。「オー、伊藤ではないか。気をしっかり持て」
救護人を呼ばうとするが、誰も来ない。漸く遭まで出て頼む。四人集まる。梯子と戸板の即製担架。
 「伊藤!僕は皆を探すから、気をしっかりして行けよ。あとで行くからな」 「ハイ」割に元気で答えてくれた。
運び出される伊藤を送り、工場に一歩踏み込む。もう表現出来ぬ程、阿鼻叫喚の姿だ。 「生徒は居らぬか。居てくれるなよ」心の中で念じながらも、やはり「山中生は居らぬ
か」と大声は口を衝いて出る。
 「先生!」声がする。シャツ一枚ホコリに煤けた顔が微かに動く。吉富(よしとみ)だ。 「オー、お前か」走り寄る。「気をしっかりせい」 「大丈夫助かるぞ」と力づける。救護隊を呼ぶが、誰もいない。そのうち海兵隊が来てくれた。
 「吉富、痛かろうが、少し我慢してくれよ。僕はついて行きたいが、他の連中があるからなぁ」 「ハイ」と、かすかに寂しげに顧みる。思えばあれが君との最後の別れだった。 その傍に古田君(ふるた)、やや離れて松本君。二人ともうめいている。